ボケとツッコミの歴史!漫才は思いやりから始まった!?

お笑い

ボケとツッコミは主に関西圏で、使われる独特のコミュニケーション。

僕は、関西で生まれボケとツッコミが当たり前に存在する地域に生まれました。大学に進学した際に岡山県に行きます。そこで初めて関西圏から生活圏が移ることになります。

 

衝撃を受けたのは、まずみんな標準語(岡山弁)?やったことです。「なんでやねん!」といったワードが飛び交うのが普通やと思ってましたが、岡山ではビックリされるというスタートでした。。。

 

このときに、ボケとツッコミというのは特殊な文化だったことに気付きました。

では、このボケとツッコミとはどういった経緯で作られた文化なのか・・・???

僕なりの考察をまとめていきます。

 

ボケとツッコミの成り立ち

僕が提唱するのは、ボケとツッコミの文化は思いやりから生まれたです!

 

例えば、男女のカップルがデートしているとします。

男性の方が、なにもないところで躓いて膝を擦りむいたとします。

 

このときに、女性に出来る声掛けとして大きく分けて2つあると思います。

 

1つ目は、身体的ケガに対してフォローすることです。

例)「大丈夫?」と声掛けをする。擦りむいた傷口に対して絆創膏を差し出す。といった内容になります。こちらが一般的に思い付く優しいというフォローに当たります。

 

2つ目が、精神的ケガに対してフォローすることです。

デート中に躓くという行為は、一般的に恥ずかしい行動(失敗)に当たります。ここで1つ目に挙げた身体的ケガに対するフォローを入れてしまうと恥ずかしさを上塗りしてしまいます。ですのでそうならないように、躓いたのは、こちら側(今回は女性)を笑わせようとしてわざと間違えて躓いたんだよね?という方向にツッコミを入れることで、成立させます。

例)「いや、どこで躓いてんねん!」「急に地球に膝蹴り喰らわすやん!」といったツッコミを入れます。

上記のようにツッコミを入れることで、躓いて膝を擦りむいたという事実は失敗ではなく、ウケを狙ったボケとして成立します(させます)。

大の大人が膝を擦りむいたくらいでは、正直そんなに大したケガではありませんよね。ですが恥ずかしい失敗として捉えるととても大きなケガだとも考えらます。この精神的なケガに対して素早くフォローを入れることも優しさではないかと思います。

 

この話から、ボケとツッコミの成り立ちについて考えていきたいと思います。大阪や関西を中心に、発展しているボケとツッコミによるお笑い文化。スタートは思いやりではないかと言いました。生きて行く中で大なり小なり失敗してしまうことはよくありますよね。

しかしその失敗というのは、決して失敗ではなく周りを笑わせるために体を張ったボケとしてツッコミを入れて修復した!という形に持っていきます。こういったやりとりを繰り返す中でサービス精神旺盛な人達が敢えて間違えて、それをツッコむというのが漫才やコントといった形に昇華されていったのではないかなと思います。人の優しさはいろんな表現があると思いますが、関西圏独特の優しさを感じるボケとツッコミは素晴らしい文化だと感じます。

 

まとめ【ボケとツッコミの成り立ち】

・ボケとツッコミの成り立ちは思いやりからである。

・他人の失敗に対して、身体的フォローと精神的フォローの2つがある。

 

ボケとツッコミの成り立ちということで考察を書きましたが、実際本当にこういった流れでボケとツッコミや漫才などが出来たのかは分かりません。

しかし、自分が他の人にツッコミを入れるときはやはり根底に優しさがあるなと感じていますし、なんとか面白くしたいと思います。このボケとツッコミというお笑い文化は個人的にとても好きです!

 

関連記事

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました